空飛び猫の戯れ言

お菓子作り、メンタル闘病記、お気に入り動画など。空飛び猫の、ありのままの日記です。

僕、ロックが好きだ。

ロックについて書いてみようと思いました。(人に宛てた手紙を修正しています。)

私はロックをよく聞きます。
ロックの中でも特に激しい、パンクロックというジャンルが好きです。

こう書き出してみて、自分が呆れるほどロックのことを知らないことに気が付きました。
ロックンロール、音楽ジャンル。ネットで調べるとそれぐらいの説明しかされていませんでした。
私は、パンクロックは弱者のための、敗者のための、変わり者のための、マイノリティ(「minority」、この曲を歌ったGREEN DAYもちなみにアメリカのパンクロックバンドです)のための、彼らに捧げられた、彼らを称える、彼らのための音楽だと思うのです。そこに惹かれました。シビれてしまったんだと思います。何度もロックで泣きました。
また私はお笑いも大好きなのですが、笑いとパンクにはどこか似たようなものを感じます。ストレートに勝ち負け(売れたか、売れないか。または笑わせた(感動させた)か、させられなかったか)が決まるんだけど、実は裏では非常にテクニカルなことをしていたり、また「その「人」」という素材で勝負したりするところなど・・・パンクロックの中でも、笑いを意識したバンドもあるし、お笑い芸人でパンクが好き、というのもよく聞きます。

私の好きな甲本ヒロトは、ライブでよく裸になりますが、それも象徴的で、自分自身そのものをさらけ出す、自分という素材で勝負するのがロックだと私は思います。

ロックについてあまり語られてこなかったのは、言えば言うほど野暮になる、ではないけれど、考えるものではなく感じるのがロックだからだ、とも私は思います。ロックを語ってる暇があったら一曲聞きたい(笑)。

ここで日本人の、ロッカー達の言葉を紹介します。

甲本ヒロト
「僕がロックンロールに抱くものっていうのは、必ずね、その、「世の中はこうなんだ」っていう決まりごとをね、壊してくれるものなんですよ。それは非常に破壊的で攻撃的な、なんかこう悪いイメージじゃなくて、「お前も生きていいんだよ」って言ってくれるんだよな。「お前みたいなヤツでもさ、すっげぇ生きていいんだよ」って許してくれるのがロックンロールなんです」
「ボクはロックンロールを知ってからずっと幸せです」
「覚えたり教えられたり勉強するんじゃなくて ある日突然ピンときて だんだんわかることがある」
「(ロックンロールについて語った言葉)「こいつらバカだ」って思ったの。バカの何がいいのか分からないよ。ただバカってだけ、そう思った瞬間涙が止まらなくなってさ。でもその時、僕ははっきりと頭の中で「こいつらバカだ」って思った。そういう漠然としたすり合わせしかできないんだよ。でも、なんて言うんだろう、あの幸福感、それがあるんだよ。いまだに相変わらず「こいつらバカだ」って思った瞬間、1番感動するんだ」
「もう確信、ロックンロールはけた外れに楽しい。いろんなことをやったがゆえにより強く思った。僕はロックンロール以外の全部がなくなっても全然寂しくないなと思った」
「 やっぱりロックンロールだと思う。とにかく興奮できることってロックだと思うんだ」
「ロックンロールが大好きでバンドとかをやっていく上で、どうしても失っていくものがもしあるとしたら、そんなものに未練を感じない方がいいよって僕は思うな。なぜならば、ものすごいみんなが気づかなかったような最後の価値観がロックンロールの中にはあるんだから」
「100人のうち99人の人が お前なんか美しくないって言っても
100人のうち1人でもええから あなたは美しいよって あなたは素敵だよって
言われるようになればえんじゃ
それがホントの美しさじゃもん それがホントの幸せじゃもん
誰よりもやさしく 何よりもあたたかく 僕、うーんと美しくなっちゃるんじゃ」

真島昌利

「ダンスナンバーで踊り続けよう くだらない事はたくさんあるけど 誰かが決めたステップなんて 関係ないんだデタラメでいいよ」
「ロックは当時、自分の周りにあった壁を全部壊して、扉を全部開けてくれたよね。」
「全てのボクのようなロクデナシのためにこの星はグルグルと回る 劣等生でじゅうぶんだはみだし者でかまわない」
「誰かのサイズに合わせて自分を変えることはない 自分を殺すことはないありのままで良いじゃないか」

山田かまち(17歳の若さで、エレキギターで感電死した天才詩画人。彼が一緒にバンドを組んでいた仲間は、のちにBOOWYとしてデビューし一世を風靡した)
「ぼくはロックが好きで、半ば狂ってる。今の資本主義世界の若いやつらの中にはそういった連中がたくさんいる。もちろん中には、弱いやつもいれば、強いやつもいる。ぼくが今、ロックを聞かなきゃいられないのは、単に好きだからとか、知っているからということ以上に、ロックというものが持つ不良っぽさや激しさ、もちろん美しさや優しさも含まれているけれど、そういう生きた感じをからだの中にそのままぶちこみたいからだと思う。びくびくしていた者は態度のすわった者になれるし、心が広くなる。クラシック音楽も好きだけれど、あれらはぼくに強さというものを与えてくれなかった。フォークや歌謡曲も、ぼくに勇気や力を与えてくれることはなかった。そういう意味でぼくを生きさせてくれる音楽はロックしかないのだ。ロックの中にはすべてが詰め込まれている。中には涙が出るほど美しいのもある。人生がすべて入っている。クラシックは、美しい一つのティーカップでしかない。フォークは煮え切らないやつらのお遊びにすぎない。歌謡曲は、そこに作曲家、作詞家、歌手、という人間がいる限り、完全にそうなってしまうことはないけれど、あれは商品そのものだ。ロックにたよって・・・というか、ロックになろうとして生きてきたぼくだからこんなことを言う。考え方もロックの歌の詩にすごく影響されている。」

ここまで書いてきて(かまちはコピペでなく本から自分で書き起こしました。)思ったのは、人は誰でも、ロックという言葉を知らなくてもロックが好きじゃなくても、ロックしているときがあるんじゃないか、ということ。
それと、今の私は当時よりもっと、もっと・・・?穏やかになり、ただただ動物がかわいらしかったり、バカみたいに明るい曲が好きだったりもする、ということです。
それでもパンクスには、助けられました。本当に。

親友は「心の底にパンクス魂が眠ってて、だからやれちゃう、ってこともあるんだよね」と。すごく共感しました。

最後に大好きな曲の動画を貼ります。
「ズートロ」は、歌詞に意味がないとネットに書いてる人がいてほんと!?とびっくり。
だってこれ誰が聞いたってさ、ズー(っ)トロ(ック)のことでしょ。
マーシーの「キューティーパイ」みたいに、本当に歌詞に意味がない、というか意味をわざと持たせない曲でかっこいい曲も確かにあるけれど。

「Jesus of Suburbia」は、しつこいけど貼ります。好きなんです。